2013年2月21日木曜日

2013年2月20日水曜日

まおゆう

子供の頃読んだ、宮沢賢治の本に「世界全体が幸せにならないうちは、個人の幸福はありえない」みたいな言葉が書いてあったのを思い出した。賢治自身の言葉だったか否かは忘れたが。
賢治は田舎のしかも文筆業の人だったので、例え本心からそう思っていていたとしても、実際に世界全体を幸福にするなんてことはできっこなかった。

『まおゆう』は知識や権力、戦闘能力など、現世的な力をたまたま持ち合わせてしまったために、世界全体を平和にすることに実際に取り組まざるを得なくなった男女の話だ。……というような見方をしている。
彼らがもっと横着な性格であれば、適当なところで手を打って、それこそ世界の半分を山分けにすることもできただろう。しかし、それをやるには彼らは生真面目すぎたし、横着の行き着く先がどうなるか見えすぎ、そして彼らの住む世界は分かりやすく不幸すぎた。
彼らの目指す方向(近代化)とか手段が、倫理的にあるいは社会学経済学的に正しいかってのには、あまり興味を持っていない。フィクションの世界の住人に暮らしの満足度アンケートとか、取りようがない。であれば、その幸不幸を云々することさえ机上の空論だ。

そんなことより、彼らと彼らに巻き込まれた人々それぞれの、希望とか、才覚とか、不満とかがどのように絡まっていくのか、そういうのを見届けたい。そういうことを期待している。

2013年2月9日土曜日

囲碁の話

正のエネルギーと負のエネルギー、どっちが生き残るかゲームの始まり。

ビッグバン直後の宇宙。碁盤は宇宙全体の大きさを持ち、かつ無限に小さい。19×19の区域に分けられているが、あくまで便宜上のものだ。

それぞれの区域には、正の物質によって占められる、正のエネルギーで満ちる、負の物質で占められる、負のエネルギーで満ちる、という4つの将来があり得る。

ゲームが始まった時点の宇宙は完全に未確定。分けられた区域のそれぞれがこれら4つの状態が重なりあっている状態で始まる。そこから1手1手が打たれる度に、あり得る将来の可能性は収束していき、宇宙の重さが増していく。


序盤のうちは単なる偶然で進行していく宇宙の成長。だが、石の数が増え、互いに近づくことにより、引っ張り合いや反発が起こるようになり、電磁気学の法則の支配が顕わになっていく。石同士は互いに連結し、絡み合い、原子や分子が形作られていく。石同士の結合によってできたそれらの間にも同様に、穏やかな引き寄せ合い、あるいは激しい反応が起こり、さらに大きな構造に育っていく。構造のスケールが大きくなるにつれて、それらの動きは偶然性よりも、この形であればこう打つべしという、決定論的なものになっていく。


19×19に分け隔てられたそれぞれの区域の状態が確定してしまえば、それは宇宙の成長の余地がなくなったということ。宇宙の死である。


碁を打つ時、詰め碁の本を読む時、ふとそんなことを考えてしまわないようにしたい。