2017年6月4日日曜日

整理術の本 2冊


最近書店で見かけるようになった「整理術」の本。
紙の文書の整理、手帳の使い方、机の整理……。
両書とも、特定の執筆者が持論を語る風でなく、文具・事務用品のメーカーの人やら、一般の会社……大手企業の社員の方々への取材の結果をまとめたものとなっている。

私が新入社員だったころ、こういう本って見かけなかったような気がする。
KJ法のような個別の方法論はあったけど、基本のキ(と、されているところ)をわざわざ説明するような本を見た記憶はなかった。
もっとも、私はプログラマとして入社したので、書店で真っ先に行くのは技術書コーナーだった。私が無関心だっただけかと思っていた。

しかし、「整理術の基本」の方の本の帯にあたる部分には「だれも教えてくれない」とある。
私のように、なんとなく「教わり損なった」と感じる中年、「なぜ教えてもらえないのだろう」といぶかる若者は実は多いのかもしれない。

プログラマとして入社した私はもちろん、プログラマとして入社後の教育を受け、その中にコンピュータを使わない仕事についての講義はなかった。
実際に配属されたあとも、基本は見様見真似。職場のローカルルールへの違反を咎められることはあっても、「なっとらん!」と、この出来の悪い若者に「何がどうあるべきか」をイチから叩き込もうという先輩社員はいなかった。(もちろんコンピュータ・システムに関してはいた)

思い起こせば、私はもともとノートをとるのが苦手な子供だった。書くことに集中すると教師の言葉が耳に入らない。で、私が優先したのは教師の講義を耳で聞くことと居眠りすることだった。そうすると黒板の文字を書き写すのが精一杯。
学習雑誌などに、ノートのとり方などが記事として載ることはあった。が、きれいな文字で整然と書かれたその例は私にノートを取ることの困難さを印象づけるだけだった。私はろくにノートを取らない学生になった。

社会人になって周りが手帳とか使い始めても、自分は相変わらずアナログ筆無精のままだった。プライベートの用事は週末にしか入らないし、平日の仕事は会社の外に出したくない。よって手帳を買っても中身は真っ白。その年が過ぎたら単なる紙ゴミである。定例の会議以外にアポイントをとるような事もめったにないので、気が向いて何か書いても読み返す機会がない。何も情報がないのをわかっているので、手帳の読み返しは結局習慣づかなかった。

できない者はできないまま放置。できる人は独学で苦労。その構図を崩すこのような本が出てくるようになったのは、ホワイトカラーの生産性向上に関するプレッシャー……に端を発するストレスの増大だと思っている。
大事の前の小事。大切な仕事に取り掛かる前に、目の前のハエを追い払おう。後顧の憂いを絶とう。
我が仕事を妨げるものは悉く排除せよ。我に我の仕事をさせよ。 Order!

2017年5月28日日曜日

こども手帳術

子供の自主性を育てつつ、あわよくば子育てにかかわる親のイライラも抑えたい。そうだ子供に手帳を与えて自己管理してもらえば良いのだ! という本。

子育てなんぞする気も機会も無いのに、この本を読もうという気になったのはなぜか。
大人でさえ続けるのが難しいとされる手帳を子供に使わせる手練手管は、大人にも有効なのではないかと思ったから。

しかして、本書ではまず親への戒めとして「子供に手帳を押しつけず、子供が手帳に興味を持つのを待つ」ことという言葉が与えられる。

「子供に親の都合を押しつけない」

イライラする親への究極のアドバイスがここでも繰り返される。所詮は他人。自分の思い通りに動くことを期待してはいけない。

……と、釘を刺しつつ、実際的かつ具体的な作戦も本書はたくさん与えてくれる。

  • こどもが手帳を使うのを親はどこまで手伝えば良いか(年齢層別に!)
  • 親子で行動を振り返るための手帳の使い方(レビューの大切さ)
  • 小さな達成感を、マメに得ること

振り返って見れば、21世紀にもなって、手帳が使える使えないで悩む人がいる。新しい手帳術が次々と開発されてもいる。それは、我々大人が自分たちの中の子供をどう扱うべきか、それが大きな関心事であるからなのだろう。

我が子に手帳を与えたい、大人は手帳を使えているか。ちなみに私はスマホ派である。

2017年4月23日日曜日

合い言葉はPlus Ultra

『僕のヒーローアカデミア』の話もおいおい書いていきたい。
だが、その前に『幼女戦記』について、書き切っておかねばならぬ。

衝撃というよりは、見返す度読み返す度にじわじわ来る、そういうハマリ方をした。
テレビから入って、コミックと原作小説を読み、Blu-ray予約に至る。
映像メディアをわざわざ予約して買うのは、『はれときどきぶた』のLD以来。LDがレーザーディスクの略ということは説明しなくてもいいよね?っていう確認が必要なくらいの昔々だ。

あらすじ


悠木碧は日本の小学生。

そして、この『幼女戦記』の主人公は現代日本のエリートサラリーマン。
神の怒りにふれて、異世界に転生させられる。
転生させられた先は、戦争の足音近づくキナ臭い世界。その世界での彼の第二の人生は、魔法使いの少女、ターニャ・デグレチャフ。
彼女(彼)には、その異世界が第一次世界大戦直前のヨーロッパに酷似して見えた。
「いずれ徴兵されるくらいなら、いっそ自ら軍に志願して出世と安寧を勝ち取ろう」
初の世界大戦に驚愕することになるであろうその世界で、一人幸せで平穏な日々を送ること。それが、彼をこの理不尽な世界に追いやった神、いや神を僭称する「存在X」への復讐となる。奴に、社会人の心得というものを教えてやるのだ。

合い言葉はPlus Ultra。さぁ、前進しよう。安全な後方勤務へ。


各メディアについて


アニメ

仮想戦記モノとして、他のメディアよりシリアスめに描かれている。
堅めの絵柄に、安定のキャスト陣。初見の人を塹壕に叩き落とすための導入としては秀逸。
かつ、アニメ独自の演出もあって、他のメディアを楽しんだ後、もう一度戻ってきたい場所。

コミック

現代の感覚を持ち込む主人公と、中世騎士物語の感覚が未だ抜けきらない人々のギャップを一番丁寧に、かつ面白く表現していると思う。
『幼女戦記』という作品の持つ旨味をギュッっと凝縮した、「きれいな『幼女戦記』」。

原作小説

ライトノベルである。原作者はそう言っている。
Amazonのレビューを読むと、酷く読みづらいという評が多い。
4巻までを読んだ限り、確かに悪文ではある。が、酷いのは地の文というより、主人公の独白にあたる部分であり、つまりは主人公のクソさ加減の表現であるのが驚きだ。
アニメやコミックではうまく省略されている、主人公の思考の脱線や循環がこちらでは懇切丁寧に書かれている。


魅力


異世界モノらしく、主人公と世界とのギャップを描かれているのだが、その内容が割とえげつない。
主人公は平和な現代日本で生まれ育ち、戦争を書物や映像でしか知らない。その一方で、過去の歴史としての東京大空襲や原爆、現代のニュースとしてのテロリズムなどの知識はあって、戦争で大量に人が死に、その中に民間人が含まれるということを常識としている。
他方、その彼が投げ込まれた世界は、鉄道網の発達による大量動員と、機関銃や爆薬などの新兵器の登場で、戦争の死傷者の桁が跳ね上がったことに、自ら戸惑っている状況。“戦争とは兵士が前線で戦うもの”という古い常識と、1日あたり数千人という画期的な生産性向上(戦死者の)がもたらす、世界の根本的な変化へのギャップを埋め切れずに苦しんでいる。
作中ではこのギャップが、幼女が何の気なしに放った(当たり前の)一言が、周りのいい年したオッサン……強面の軍人達をドン引きさせるという形であらわれる。
原作小説は4巻まで読んだ。周囲を敵国に囲まれて四面楚歌の帝国(ドイツに相当)を、神の呪いを受けた主人公が自身と次第に同一視し感情移入していく過程。およびその幼女の不吉な予言……いずれ帝国は世界全てと戦うことになる。戦っても得られるものはなく、勝者の唯一の権利は死なずにいられることだ……を苦々しくも、大人たちが受け入れざるをえないと認めていく過程。今のところ、そんなところにドラマっぽさを感じている。

人事課長二人

主人公のサラリーマン時代の役職は人事課長。会社の命じるままに、リストラを粛々と進めていく。人間を資源(人的資源)とみなす考え方を自然に受け入れていて、彼自身もその中に含まれる。その資源を有効に利用することには使命感すら感じている。
作中で、彼女(彼)を「怪物」と呼び、その出世を阻もうとし、その活躍に頼りつつも苦々しさを感じている人々の代表格はレルゲン中佐。奇しくも軍の元人事課長である。人間を資源と呼ぶ主人公には、素朴な倫理観から反発を覚え、その行動に恐怖を抱いていく。
レルゲン中佐と主人公の間に和解はあり得るのか、それまで中佐の胃袋が耐えられるのかも秘かな見所である。

それとこの人

アニメ版でとにかく異彩を放つ、この女性。良いことがあれば神様に感謝し、悪いことが起きれば神様に恨み言をいう素朴さを持つ。その一方で、主人公の行動の合理性もある程度解し、副官として有能に立ち回りもする。
しかし、アニメ版でのビジュアルが……。
世の中の大きな変化にも、予測しがたい上司の行動にも、なんだかんだ言って順応していく彼女。ある意味、主人公以上の怪物である。

その女、ヴィーシャ中尉。


一般的な女性将校(名前ありゲストキャラ)はこんな感じ。どうしてこうなった。


まとめ

悠木碧はオッサンである。
早見沙織はオッサンでない。

2017年3月8日水曜日

幼女戦記

菅原:弱点?
皇帝:民を愛しすぎることよ。おおいに煩わされることとなろうぞ。高度な文明を誇りながら、国力を蕩尽し、遂には蛮族に滅ぼされた国もある。貴国も心しておくがよい。
-- GATE 自衛隊彼の地にて、斯く戦えり #14 --


違うのだ。皇帝、違うのだ。
あなたが直面している敵は、民を愛するが故に強大な軍隊を擁する国ではない。
億を数える民衆、彼ら自身が自らの意志で戦争する国なのだ。
望まぬ戦に巻き込まれる無辜の民衆などいない。民衆自身が戦争する主体なのだ。

あなたの恐れる軍隊を支えているのは、数千人から数千万人という多数の成員の意志をわずか一昼夜で集約する巨大なシステムである。それを構成するのは、買収できない官僚たちと彼らを律する制度、権利持つ者一人一人を識別し居住地を追跡する戸籍、それら一切を絶えずつなぎ止め続ける通信と物流である。これらの構築と維持にどれだけ膨大な労力と富が捧げられているか、それをこそ恐怖すべきなのだ。
あなたの兵士を撃ち抜いた魔法の杖、あなたの城を吹き飛ばした雷などというものは、巨大な竜が内に抱えた炎から発した火の粉にすぎない。

政治の機微も戦のルールも解せず、一片の勇敢さも持たぬ民衆。彼らはあなたが死ぬまで殴り続けるのをやめることができない。あなたの反撃を恐怖する故である。痛みへの恐怖に耐えることができないから、あなたに反撃の機会は一切与えられない。

あなたの富は収奪されることなく、その価値を知らぬ者の手で、ただ破壊される。
あなたの民は奴隷にされることなく、老若男女の別なく、ただ殺される。
帝国の版図は占領されることも、小王国に分割されることもなく、人の住まぬ名も無い土地となる。
あなたの名が忘れられることはない。誰もあなたの名を覚えないから。

幼女の皮をかぶった化物。化物の名は現代人。

2017年2月1日水曜日

数学文章作法 基礎編

数式混じりの文章というだけでなく、一般的な横書きの文章を書く上での作法……の基礎を説明する本。

書かれているその作法のそれぞれは、章立ての構成、用語の扱い、例示のやりかたといった、本当に本当の基礎ばかりだ。
しかし、その基礎の説明が徹底しているのが、この本の素晴らしいところ。

どうしてそうあらねばならないのか。
やり方を間違えるとどうなってしまうのか。

作法の一つ一つについて、その根拠と適用した例、適用しなかった例(つまり、悪い例)が丁寧に説明されている。

基礎を網羅しているからこそ、「あ、これは知ってた」が自信にもなり、自分の文章を改めて顧みようという気にもなる。人に薦めてみようという気にもなる。
読んでどうこうというより、読んだ後どうするかが問われる。そんな本。

2017年1月12日木曜日

Lovecraft Letter

忌まわしくも名高き、クトゥルー神話を題材にしたカードゲーム。
『ラブレター』というゲームがまず先にあって、その翻案ということらしい。
故に、Love(craft) Letter。

プレイ時間5分より~とうたっているとおり、あっという間に終わる。
プレイヤーに配られる手札は1枚のみで、自分の手番が回ってきたときに引けるカードも1枚だけ。かつ、どちらか1枚を使用しなければならない。常に2択を迫られる。綱渡りだ。

カードの約1/3は、狂気をもたらす怪異に属するもの。残りのカードのうちさらに半分は……といった体で、ろくなカードがない。
誰かの手番が回る度に、そのプレイヤーかあるいは他のプレイヤーが怪異の手に落ち、あるいは発狂して自ら脱落していく。
私自身含めて、初プレイの者ばかりだったので、説明を読みながら(『ラブレター』経験者のアドバイスを受けながら)プレイしたのだが、手番が1巡する前に他のプレイヤーが全て脱落してしまった。(つまり、私の勝利)

訳の分からないまま逃げ回って、結局自分だけ生き残ってしまったということか。

本来は、プレイヤー同士で捨て札を読み合い、山札に残っているカードを推理したり、といった風に頭を使うゲームらしい。
そこまでできるようになるには、もっと回数こなさないとダメみたいだけど。

知ったか映画研究家

大学のOB会(自分的にはアニカラ合宿)に持ち込んだ後輩に誘われてプレイ。

知ったか映画研究家(amazon)
https://www.amazon.co.jp/cosaic-%E7%9F%A5%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%81%8B%E6%98%A0%E7%94%BB%E7%A0%94%E7%A9%B6%E5%AE%B6%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AB/dp/B01DOVC5XQ

タイトル通り。架空の映画をでっち上げて語り、面白かったら得点(プレイヤー間投票)というゲームだ。
勝ち負けを競うゲームというよりは、パーティの余興。大喜利のネタといった趣が強い。

ただし、ネタは全く自由にならず、とっかかりの映画のタイトルがカードとサイコロの目でランダムに決まるので、あらかじめネタを仕込んでおくようなことはまずできない。
慣れはあるにしても、基本的にはタイトルが決まってから脳みそをフル回転させる必要がある。

で、出たタイトルが「海にゃんにゃん」

主人公はとある漁村に引っ越してきた女の子。ウミネコは猫の一種だと思い込んでいた。
転校してきたばかりの学校の男の子たちにからかわれて、「本物の海猫」を探しに港に出てきた彼女の前に現われたのは……。
(などという展開がスラスラと出てくるはずもなく)

サイコロ降った当人が語って終わりという単純なものではなく、1つの映画についての語りをプレイヤー間でリレー(押し付け合い)していくという流れ。なので、他のプレイヤーの語りも前提として受け入れていかなくてはならない。

「適当に流す」ことが許されないし、「何か面白いことを言わなくては」というプレッシャーもかかる。結局、1回プレイしただけで皆疲れ切ってしまった。

いやぁ、ホントにいいゲームだったなぁ。

2017年1月2日月曜日

Amazon2読書メーター(改訂)

昔作ってたのが、使えなくなってたので修正した。
  
 * 読書メーターのドメイン変更に追随
 * Amazonのhttps化に追随  

他の変更は行ってないから、うまく動かないこともあるかも。

記事へのリンク
Amazon2読書メーター

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[Amazon2読書メーター]