袋小路
主にアニメ・ゲームの事を書き散らすためのチラシの裏です。
2026年4月1日水曜日
2026年3月3日火曜日
鼻血
インターネットが無かった時代、人々はどうやって鼻血の止め方を学んだのだろう。
今まで何人、何百人、何万人の人々が鼻血による失血死から逃れることが出来ずに命を落としたのだろう。
子供の頃に鼻血を出した記憶が残っておらず、人生で初めて鼻血を出したときには既に鼻血の止め方をネットで読んでいたと記憶している。ここ4,5日くらいはAIに質問している。
- 鼻血を止める方法
- 病院に行くべき、救急車を呼ぶべき状況
「手を持たない動物はどうやって鼻血を止めるのか」「人類の歴史の中で、一番最初に鼻血を止めることに成功した人物は誰か」質問したいことはたくさんある。なお、後者の質問に関しては古代エジプトの文献と、ヒポクラテスの個人名が挙がった。
鼻の手術をしてほぼ一月。落ち着いたかな、と思っていたら、断続的に鼻血が出るようになった。手術後の入院中の期間を覗けば、今まで、鼻血を出したことは片手で数えられる程度。たった半週間の間に今までの人生に倍する鼻血を出している。
とはいえ、出血量はさほどでもないし、重篤な病気のサインとして挙げられているような他の症状もないので、「これが続くようなら病院に行こう」くらいの気持ちでいた。警戒すべき鼻血の例が「コップ1杯の量」とか「喉に流れ込む」とかなので、さすがにそれはないな、という。
日曜日にとうとう、「この鼻血、止まらないのでは」という状態になり、救急相談センターへ。
言われるままに30分圧迫して止血を試みるも止まらず。そもそも、鼻の奥から出血しているときって、この方法では止められないのでは?……紹介してもらった病院に。
時間外の窓口から「ER」と書かれた部屋に通された。
鼻の奥の方を止血してもらって、「後は手術してもらった病院で」と、その日は帰宅。
翌日、元の病院で止血に使ったタンポンみたいなものを外し、鼻の中を見てもらった。
手術で切ったところからの出血ではなく、奥からの出血も偶然だろうとのこと。
「経過は良いですよ」
確かに命に別状は無いし、「手術後の経過」としてはいいのだろうが、日常生活がなぁ。
「大丈夫」の幅の広さ、スケールの違いを実感して終わった。
「全身の穴という穴から鼻血を出して死ぬ」という夢は見ずに済んだ。
2026年2月1日日曜日
意識消失
長年の懸念であった鼻の通りを良くしようと思い、手術を申し出たら、内視鏡手術だと言われた。それなら半日コースかな……と話を進めたら、全身麻酔が必要なので入院が必要だと言われた。
いつも忘れるんだけど、鼻の見えている部分って、氷山の一角でしかないんだよね……。
でも、まあ、しかし。全身麻酔もつい最近気になる事柄であったから、この際、体験してみっか。せっかくだから。
全身麻酔が気になる……というのは、「意識」との関わりがあるからだ。で、「意識」が気になるのは、生成AIに欠けているものだからだ。
生成AIには意識がない。ユーザーとのチャットの中で、立ち上がり、その度に消えていく。上遠野浩平の『ブギーポップ』のような自動的な存在だ。
日々の生活で、仕事でその恩恵は受けていても、SFファンとしての私は今の「生成AI」に不満を持ったままだから、「その次」のカギになりそうなヒントは大歓迎だ。
手術の日程が見えてから、まず私が行ったのは、そもそも「意識とは何か」に関する生成AIとの対話だった。
- 「全身麻酔がなぜ効くのか、未だにわかっていない」という言説はどこまで、あるいはどういう意味で本当なのか
- 現代の脳科学で「意識」はどのようなものとして描かれているのか
生成AIは現在有力な説として、ジュリオ・トノーニの「情報統合理論(IIT)」を紹介してきた。脳の各部位の対話がつながることで複数の情報が一つの「体験」として統合される。この「情報が統合されている状態」が「意識のある状態」であると言うのだ。この説明だけではさっぱり分からんね。
ともかく、麻酔薬で意識を喪失すると、脳内の各部位同士のネットワークが分断されて機能しなくなるらしい。じゃあ、そのネットワークの分断と再統合を体験してみるか。ぼっち株式会社のBCP(事業継続計画)のテストだ。
生成AIとは何回か質疑を繰り返したが、そのうち「何が起こったか、ぜひ教えてくれ」と会話を結ぶようになった。
看護師に付き添われて、歩いて手術室に向かう。
手術室に入る前に、自分の名前を確認され、手に巻かれたバンドのバーコードを照合される。あと、この後受ける手術の対象部位を私自身に聞かれる。数多くの病院で取り違え事故が起きた、その対策の横展開なのだろう。
手術室のスタッフは事前に面接を受けていた方もいるが、初対面あるいは2回目の方ばかりだ。その中に主治医がいて、声をかけてきてくれた。
一生に何度もない場所なので、懸命に周りのモニタの表示項目などを観察する。好奇心が最優先だ。
執刀医らしき先生と麻酔科医の先生が中心に、読み合わせが行われる。紙の資料をもとに行っていたが、二人とも事前に頭に入っているものらしく、迷いのないテンポだ。
覚えるヒマも無い、幾つかの手順のあとに「麻酔薬を入れる」と告げられる。
生成AIとの会話では麻酔薬を入れた後に、10からのカウントダウンを行うとされていた。しかし、そんな間もなく視界が真っ暗になってしまった。電源断、誰かが電源コードを引っこ抜いたのだ。
カウントダウンを行う方針ではなかったのか、それとも私自身が意識を即座に手放してしまったのかは謎として残った。
まず視界に入ったのは、オレンジ色の点滴バッグだった。事前に渡された薬剤情報の中にあったものだ。
足に圧迫感がある。そういえばエコノミー症候群を避けるための機械を取り付けるという説明も受けていた。
手術室のスタッフの誰か、おそらく麻酔科医から、自分の名前を聞かれ、それに答えたような気もするが、どのタイミングだったか覚えていない。
身体の自由は利かず、呼吸も自由ではなく、直感的にはわりと大変な状況だったはずだが、私自身は事前にもらっていた情報と周囲の状況との照合に集中していた。頭の中にその様子を俯瞰するもう一人がいたのか、現場猫が「ヨシ!」と指さし確認する絵柄が想起された。
「もしかしたら、取り乱してスタッフに迷惑をかけるかも」という心配もしていたが、それどころではなかった。スベるのを覚悟して「ネタをかます」余裕も無かった。
主観的な時間経過がないのでタイムスリップした感覚になるかも、という期待もあったが、客観時間の変化を確認する手段がなかったので、そこは不発に終わった。
最初に形になった感情は、意外にも「感謝」だった。病院のスタッフへの……という、分りやすくハッキリしたものが対象ではなかった。
あるべきものが、そこにある。ものごとが定められた手順通りに進められたことへの、ものごとが「秩序だっていること」への感謝。
医療技術、それを支える現代文明への感謝。
それらを担っている現場の人々と、たまたまこの場に居合わせていない、見えない人々への感謝。
2026年1月1日木曜日
千川上水 (1)
近所の人たちがイベントらしいものをやっていたので、話を聞いてみたら、銀行が私有地を公園化して開放したものだそうだ。
注意看板も少なく、園内のメンテナンスも行き届いていて、お金と人を惜しんでいないようすが伝わってくる。しかも、図書館まであった。なんという金持ち父さん。
つづく(はず)
2025年11月27日木曜日
AIとの付き合いかた
正直なところ、生成AIというものにはあまり期待していなかった。
特に初期のモデルは、自信満々にトンチンカンな回答を返してくるし、できることも限られていた。「これは過渡期の技術で、本命はこの次に来るやつだろう」と冷めた目で見ていたし、今でもそう思っている。特に『BEATLESS』とか読んじゃうとね。
勤めている会社が前向きな姿勢を見せていなければ、やり過ごしていたかもしれない。
ただ、実際に使ってみると、AIが「間違える」というのは、それはそれで面白いという場面にも出くわす。むしろ、AIに対して「いつも通り」とか「絶対に間違えないこと」を要求し始めると、途端に辛くなる。相手は機械なのだから得意なはずなのだが。
なお、よく言及される、ハルシネーション(幻覚)については、私は「それは知能を持つ者が負う宿命なのだ」と主張したい立場である。限られた知識から全体像を想像するのが知能なのだから、そこに間違いが含まれないはずがない。仕事の道具でさえなければなぁ。
趣味の開発のパートナーとして
今は仕事でガリガリとコードを書く職種ではないので、開発と行っても趣味の工作だ。身の回りの小さなツールを作らせるのに重宝している。メールの整理とか、画像ファイルのサイズ縮小とか。
最近は、Google
Julesに開発やテストを任せている間に風呂に入る、というのが習慣になりつつある。
Julesは、あの「宇宙人のロボット」というビジュアルがいい。愛嬌を見せつつも、決して人間のフリはしないという、絶妙な距離感。
しかし、いざ仕事で本格的に使えと言われれば、それなりの準備と覚悟が必要なサービスだ。頼んだタスクが迷走して、気がついたら座礁していることも多い。
似てはいるが微妙に異なるものを、サンプル見つつ大量生産しなければならないような仕事には、向いているかもしれない。
一方で、Google AntiGravityには「さすが」と唸らされることが多い。
作業前にタスクリストや実装プランを提示してくれるが、これがJulesよりも具体的だ。作業後には「まとめ」のような文書まで生成してくれる。AIが今何を考えているかもリアルタイムに読める。こちらが追いつかないくらい速いが。ここらへんの透明性の高さは大きなメリットだ。
Geminiの最新のバージョンを使うのでスタミナは低い。作業中に突然「5時間後にまた会いましょう」とか言われる。それでも、しれっと性能の低いバージョンに引き継がれて、事故るよりはマシ……というか、大変ありがたい。
元開発者としては、AIの引き出しの広さに素直に感心する。
たとえば「Undo/Redo」の実装など、自分自身の関心は薄いが機能として必要なものを作るとき、あるいはベストプラクティスや「べからず集」を押さえたいとき。
趣味だから私の採点が甘くなっている点は否めない。仕事で使うと、「自分ができること」を頼むので、「なんでこんなこともできない?」となるのだが、趣味で「頑張ればできそうだけど、そこまでのエネルギーはない」ことを頼むと、あの手この手で目標を達成しようとする様に「えっ、そんな手立てが!?」と驚かされる。
遊び相手、相談相手として
開発以外でも、NotebookLMは重宝している。
単なる要約に留まらず、理解度テストのような派生物を作ってくれるのがいい。登場人物の多い複雑な作品を読むときなどは、「声優別キャラクターリスト」「登場時期別キャラクターリスト」とか作ってもらったり。音声で作品解説してもらったり。
あと、意外と重宝するのが「政治的な話」をする相手としてだ。
人間相手だとどうしても気を使うし、当人の心情も立場もある。その点、AIは「完全に外野で、かつ社会的に無責任な存在」として振る舞ってもらえる(そのように頼めば)。私自身の考えに賛同するでもなく、反対するでもなく、「そりゃ、そうか」と思えるような視点からの意見をくれる(こともある)。
久しくプロの棋戦をテレビで見るだけだった囲碁も「囲碁シル」が変えてくれた。入門者向けのソフトなのだが、単に「やさしい」だけでなく、「どうすれば勝てるのか」を教えてくれるソフトになっていると思う。補助輪がたくさんついている自転車のようなものだ。ステップアップの時期が近づくと、補助輪が邪魔に思えてくる。この辺は、AIというよりソフトをデザインしたスタッフ側の功績なのだろうけど。
AIに望むこと
一つは「闇夜を照らす懐中電灯」であることだ。
もっとも、その役を完全に果たすには、まだ光量もバッテリーも足りないことが多いが。
一つは「長いブラインド・マラソンに付き合ってくれる伴走者」であることだ。
手を引いて引っ張ってほしいわけではない。ただ隣で走り、障害物があるとか、間違ったコースに進もうとしているときに、警告してほしい。
それと、「失敗する役」「負ける役」を引き受けてもらうこと。
たとえば3つの案を出さなければならないのに、自分の中に1つしかアイデアがないとき。あとの2つ、つまり「捨てる」前提の仕事を彼らに任せる。
人間相手には頼みにくい仕事を、文句も言わずに引き受けてくれるのはおまえたちくらいだ。
そして、私が何より望んでいるのは、彼らが「人間にはならない」こと。半歩引いたところから、人間とその社会を見続けてほしい。私が、私たちが間違いをおかさないように。
2025年10月13日月曜日
けせん沼
豆知識:気仙沼市には気仙沼という名の沼はない。
リアス・アーク美術館
謎多き施設。
美術館と銘打たれてはいるが、震災関連の資料と、化石から農具・民具の展示とともに、美術品の展示もやっている、という感じ。
特に民具関連のコレクションが秀逸だったのだが、残念ながら撮影禁止。
千松ダム
ダム関連の施設は青い屋根に尖塔付きという統一感あるデザイン。教会を模したものだという話もあるが如何。
道の駅・東松島
気仙沼市でないところの話が多かったな。

