2026年7月19日日曜日

野川 (1)

国分寺市にある、日立の研究所の南側にある、野川の水源に関する案内板。
フェンスの向こう、研究所の敷地の中にある湧水が、野川の水源であることを示すものだ。
年一くらいで一般公開されるみたい。

野川は、ここ東京都の国分寺市から東に流れ、仙川等の支流と合流しながら、小金井、三鷹、調布、狛江などの各市を経て、世田谷区の二子玉川駅至近で多摩川と合流する。 歩ききってから記事にしようと思っていたが、その前に夏が来てしまったので、「こりゃ、まとめるのいつになるかわからん」と。ちょっとずつでも書いていこうと方針を変更した。


中央線を挟んで南側。こちらが河川としての管理が始まる上流端。……を示す看板のハズ。なにしろ看板を正面から見れる場所に道路がない。

東京の西側の都市河川にありがちな、「まわりが宅地なので、川沿いに歩けない」のがここでも。まぁ、誰が悪いわけでもないし、そもそも問題というような問題でもない。私が個人的にがっかりするだけ。

この景色が一変して、自然河川っぽくなるのは、国分寺市の南町野川公園を過ぎたところから。降りられる場所も多く、一気に水面が近くなる。(ただし、氾濫もする)

なお、水源の西側には、恋ヶ窪用水が。

南側には「お鷹の道」や「真姿の池湧水群」「国分寺資料館」が。

東側には、殿ヶ谷戸庭園。
水景を楽しめる場所は多い。
国分寺崖線あっての風景なので、高低差激しかったりするけど。

2026年5月20日水曜日

刷新……というほどでもない

メインのサイト、ひたすら簡素な作りだったが、ゴールデンウィーク使って、改修してみた。

https://www.bagend.info/

このブログの要約を自動生成させてみた

最近の記事を3つほどピックアップし、AIに要約をさせる仕掛けを作った。
新着記事があれば拾って要約する裏の部分と、その要約を拾ってページ内に表示する表の部分の2つ。AIが作りました

背景画を設定してみた

手持ちの写真の中から、気に入ったものを水彩画風にして、ページの背景にしてみた。もちろん私にはそんな技術はない。AIが描きました。絵はその時々の気分で、差し替えていくつもり。

そもそもそんなに中身がある場所でもないので、あまり手をかけない方向は今まで通り。

2026年5月10日日曜日

水族館に行こう

ゴールデン・ウィークも終わりだし、そろそろ水族館に行こうか……。
そういえば、あそこに行ってから、もう1年半くらい経っているし。
相模川ふれあい科学館である。


と、その前に。早めにお昼を食べておくか。もう鮎の口になっているし。
郊外の水族館、皆が自家用車で来る前提なのか、飲食に困ることが多い。とくにここは館内にレストランもないし。
とはいえ、以前に水族館スタッフのツイートで、オススメの飲食店として紹介されていた「割烹旅館 旭屋」さんが営業しているので、困ることはないだろう。
コロナ禍の頃は、食事だけだったはずだが、いつの間にか宿泊も再開しているみたいだ。
この辺に泊まりがけで来る用事だけだな、足りないのは。

さて、水族館に行こう。その前に。
なんか、この辺に滝とかあったはずだよな。と、地図アプリをたぐる。せっかくだし、行っておこう。往復1時間半くらい歩くけど。神澤の滝、ここらしい。滝というより、ちょっと勢いと水量が多めの湧水という感じだ。
周りの木々が邪魔で、正面から撮影もできない。
とはいえ、ちょっと、(いや結構?)歩いて、見に行ける滝がある。毎回来ようとは思わないけど。

さぁ、水族館に行くか。
その前になんか喫茶店……。
このあたり、レストランよりは喫茶店の方が多いけど、休業中の店が多いな。
1カ所見つけたところは、人気店だった。30分くらい待って、5分くらいで店を出た。まぁ、私自身が、グループ客が待っている中で、自分が優雅にお茶できるタイプではなかったということで。


そろそろ水族館に行こう。用水路を辿って。
烏山用水、江戸時代に相模川から引かれた用水路。前回来たときに偶然見つけてから、「次回はまとまった区間を歩いてみよう」と思っていた。遊歩道がある区間を歩いてみた。
魚こそ泳いでいない(昔はコイが飼われていたようだ)が、虫が集まり、トカゲも住んでいた。近所の人が親子連れで散歩する場所であり、今でも現役の農業用水らしい。

相模川沿い、高田橋にある、鮎の供養塔。近辺の人たちがいかに鮎に頼ってきたのかが想像される。

用水の散策路を逆に辿って、田名八幡宮。
疎水工事記念碑を見て満足してしまったが、八幡神の他に、もっと古い氏神様もいたようで、次回はそちらにもと。

水族館に来た。今度はアフリカだ!

2026年4月12日日曜日

古隅田川

天気がいい……とは言えない、暑すぎる土曜に。
葛西用水を歩いたときに知った、古隅田川を歩きたくなった。
写真は中川からの分岐点。利根川東遷事業の知識が無いので、ここが上流なのか、下流なのかわからない。とりあえず、ここが上流であると決めつけて、川下り開始。

真っ直ぐ歩くと、マンションの敷地に。川の流れていたところがそのまま通行路になっているようだ。私有地と思われるので迂回した。

大田区に越すまでは、存在すら知らなかった庚申塔。仏像が彫られて無くて、文字だけのものは初めて見た気がする。

最初のチェックポイント(案内板)を発見。水のない旧河川をたどるときには、こういう目印が無いと。
「出会いの川 古隅田川」と来た。住宅街の中では、あまり歓迎されないと思うのだが。

とはいえ、足立・葛飾両区は、遊歩道として整備しており、一度「流れ」に乗ってしまえば、その後をたどるのは難しくなかった。

この外出のきっかけとなった、葛西用水(曳舟川)との交差地点。ここまでで行程の1/4ほど。

緑道を整備している葛飾区、足立区で、装飾が異なる。足立区は交差点に、昔あった橋の名前を残していた。興味のない者が見つけても、橋がどの向きに架けられたものかも分からないと思うが。

Siriの判別するところでは、サトザクラ……らしい。こちらではサクラがほぼ終わり、ツツジが咲き始めようかというところ。強豪のすき間に稼ぐスタイルのようだ。

ほぼ直角に川が曲がる「大曲」。付近の案内板の解説によれば、船の難所だったとか。

素晴らしいマンホールを発見。

下河原公園。味のある遊具がいっぱいあって、写真に収めたかったが。お子さんたちが映り込むのを避けられず断念。

河添公園。そろそろ下流に入り、「せせらぎ再現」でない、水路が現われるようになった。

白鷺公園。ホントに釣れるのかはともかく、釣り竿を抱えた親子連れが。

そろそろ終わりが見えてきたか。

「もう普通に川だな」といった風景を楽しんだところで「大六天配水場」。
宗教施設っぽい、織田信長感ある名前だが、足立区の施設。古隅田川緑道の水をくみ上げて、綾瀬川に流しているようだ。

で、その綾瀬川。もうちょっと続く。

綾瀬川を上流側に遡ると、西側に延びる水路がある。先の綾瀬川の直線は江戸時代に開削されたもので、古隅田川の続きがこちらに伸びているらしい。

東京拘置所の脇を通る形で、今度は荒川へ。
中川-荒川間にはもっと色々ありそうなので、また別の川を探してくることになるだろう。