神奈川県の小田原市に、「生命の星・地球博物館」という県立の自然史系博物館がある。大きな常設展示室に、多種多様な展示物を抱え、レストランやカフェ、ミュージアムショップまである。とても金かかっていそうという印象とともに、地域住民に支えられている様子もうかがえる、絵に描いたような県立博物館だ。
町田市に住んでいた10年前ならともかく、「都区内から小田原、さらに箱根登山鉄道」という距離感に「2~3年くらい経ったら、また行ってみたくなるだろう」くらいの気持ちだった。だったのが1年前。そこから「超普通種展」から本日この記事と、気がついたら半年に1度のペースになっている。
とにかく特別展がいいのだ。「ここでしか、今でこそ」という強いテーマ設定や切り口。コンパクトなスペースに展示物を厳選、狭さを感じにくい構成、作り方のうまさ。
「ご当地菌類」という字面だけなら、たぶん、見送っていたと思う。県民じゃないし。そうならなかったのは「キャラクターの力」があったからだ。美少女イラストがあるから、ではない。「新規にキャラクターを描き起こせるくらいの
“個性”
を持ったキノコたちが、ここ神奈川には揃っていますよ」というメッセージを読み取ったからだ。
展示を見るより先に「特別展連動限定メニュー『ハッシュ・ド・きのこ』」を食べる。ハッシュ・ド・きのこ自体は期待を裏切らぬ、名前の通りの品。サラダには、テーブル備え付けのものと別に、当メニュー用のドレッシングが用意されている。酸味強めでさわやかな味。あと、右上の、しいたけとエビのコロッケ?私自身はこれが一番良かった。
入口から覗く展示ケースの「裏」にあたる部分に、まだ名前の確定していないキノコたち。
名前解決は、ものごとを整理・分類するための第一歩。
「俺の名を言ってみろ」
神話・伝説の怪物の謎かけのように。核戦争後の地球に生きる仮面の男の叫びのように。彼らにどう対峙すべきか、我らは問われている。
神奈川県鎌倉市の「鎌倉彫」。風合いを与えるマコモ墨は、黒穂病菌の胞子。
展示室の一角では、キノコのいる環境を再現。ボランティアグループの作。よくある似た展示物は大抵ガラスで隔たれているが、こちらは展示期間終われば撤去という割り切りがあるのか、上から覗き込んだり、しゃがんで寄ってみたりと自由に、能動的に「見る」ことができる。この辺はむしろ植物園の展示を見る感覚に近い。
実物の標本から拡大模型、そして顕微鏡写真へと、スケールを上下軸にとった展示。ちょっとカッコイイと思ってしまった。
植物病原菌のコーナー。最近、市民による自然観察の対象として急浮上。農家にとっては邪魔者でしかないし、既存の研究もそちら対策に寄り添うものだったろう。経済上の当事者でないからこその視点だ。
「ヌメリハツ」のキャラクターと写真、実物の凍結乾燥標本。
乾燥標本なので、肝心のぬめりが保存されていないのは残念。模型が欲しかったところか。
この「ヌメリハツ」を新種登録した時の標本は、神奈川県大和市のもので、その後も神奈川県周辺以外ではあまり採取されていないらしい。
ガラスケースの中に、さらにアクリルのケース入りで展示しているのは紫外線対策で、これが行われているのは学術的に貴重なもの。中には種の基準とされる「タイプ標本」まである。「地球の宝」を抱えているのは国立科学博物館だけではない。…ではないが、この特別展にもその国立科学博物館から借りている標本が展示されている。
「探せ!地球の宝をそこに置いてきた」
オダワラノボリリュウ(仮称)。仮称。まだ正式な名前がついていない。もっぱら小田原の、
“この博物館”
の周辺で発生し、他には国内で数地点でしか発生報告のない、「ご当地」という表現では足りないくらいの超ローカルなキノコである。
キャラクターの衣装に描かれた梅は、小田原市の花。今私が住んでる大田区の花でもあるけれど。
幻の「ミツエタケ」。(NHK『らんまん』のスエコザサのように)奥様の名前を新種につけたものの、後に既知の別の種と同じであると判定されてしまったもの。今、未同定であるとして展示されていた先の標本の中にも同じようなドラマチックな人生を辿るものが出てくるかもしれない。
「そもそも菌類って?」という問いから始まり、神奈川の人々の生活と菌類の関わりや、神奈川県でよく見られる、あるいは神奈川ならではの、神奈川でしか見られていない菌類を標本と写真、イラストを使って紹介している特別展だが、神奈川で菌類を調べている人々、あるいはボランティア調査活動の紹介もあった。
ボランティアメンバーの方の作になる、きのこハーバリウム。この発想はあってしかるべきだった。店頭に並んでいたら手に取っていただろうし、他のハーバリウムと同じ価格帯なら買っただろうと思うので、たぶん初めて見た。
こちらも同じくボランティアメンバーの方の作品だが、もっとゴリゴリに美術って感じのガラス工芸品。掃除の行き届いたお宅でないと置いておけないタイプの。
ルーペ、顕微鏡クラスの微細構造をガラスや金属で表現している。生きものならではの規則性とゆらぎが美しい。
「超普通種展」の時にはなかった、キャラクター展開。9種の菌類のデザインがあしらわれている。
ミュージアムショップには、キーホルダー(¥470)、クリアファイル(¥250)、ガイドブック(¥1,000)が売られている。(あるいは、売られていた)
キーホルダーは需要が供給を上回り、5種用意されたうちの4種が売り切れ、残り1種ももう売り切れているのではないかと予想される。(展示終了まで、あと1ヶ月あるのに…)
クリアファイルは9種すべてが描かれたもので、こちらはもう少し余裕あり。
ガイドブックは、「そもそも菌類って?」あたりから「神奈川県在住の菌類図鑑」、「次に読みたい本」までサポートする本格的な内容。図版や写真をフルカラーで掲載した、たいへんに力の入ったもの。キャラクターは表紙に描かれているほか、本文中にも、ちょっとだけ登場。
写真はイオウゴケのキーホルダーと標本(小さい!)。ベルトで拘束されているという博物館発にしては冒険的なデザインだ。特徴的な赤色の子器だけでなく、細くて屈曲した子柄の特徴をも再現しようとしたのだろうか。
あちこちの博物館のミュージアムショップの商品、アクリルのキーホルダーや缶バッジなど種類が多くなり、特別展向けなど一時売りのものも出てきた。
財布を破いてしまわない程度には売上に貢献したい。そういう気持ちに対する選択肢が増えてきた。もしかしたら、同人向けに小口のアイテム製造を引き受ける業者がこちらにも出てきているのかも。
キャラクターデザインはoso氏。
博物館から、こういうイラストレーターを探したり、アクセスするのは難しかろうと思っていたのだが、『キノコ擬人化図鑑』などの出版物もあったので、キノコ好きの人たちには以前から知られていた方なのか。
この地球博物館行くと、とにかく歩く。気がつくと2周半くらい歩き廻る。階段の上り下りも多い。家に帰った後はこんな感じになっている。