2026年4月1日水曜日

千川上水 (2)

千川上水の続き。
公園を通り過ぎて、しばらく歩くと西武新宿線の車両基地が。壁の向こうに架線などが見えるので、「あぁ、車両基地があるな」と想像できるようになってきた。小さな鳥居が見える。

さらに歩いて、今度は西武池袋線 中村橋駅付近。この辺は昔から人気があった住宅地だったのだろうか。川沿いに小さなお社がいくつもある。

中村橋駅の敷地内にて。……猫だよな。

練馬駅前にて。練馬都税事務所前に謎のオブジェクトが。
資金の問題か、部分的にしか動いていない。いや、むしろ、一部だけでも動かそうという熱を感じる。

練馬駅前の筋違橋(すじかいばし)。どういう意味なんだろう。

江古田駅付近も、とりたててなんということもなく通り過ぎた。南長崎で、進路を北東に。千川駅にたどり着く。流路、こっちでいいんだよな。

おっ、「千・川・上・水」の四文字発見。しかも、水神様らしい。「水路」の跡っぽいものに飢えていたので感慨もひとしお。

このまま板橋(仲宿)に到着。この交差点、流路にあったんだな。今度は、旧中山道を南東に。

なんか、すごいモダンな感じのさざえ堂があったので撮ってしまった。入れればいいのになと思ったけど、実は入れたらしい。惜しいことをした。

豊島区の千川上水公園と、明治通りを挟んで反対側に千川上水分配堰碑。ゴールに到着。

地図を確認してみたら、千川上水の流路は中山道の一つ裏手の通りだったみたいなので、板橋駅にはそちらを辿って帰った。
このみち むかし ようすいろ。

2026年3月3日火曜日

鼻血

 インターネットが無かった時代、人々はどうやって鼻血の止め方を学んだのだろう。

今まで何人、何百人、何万人の人々が鼻血による失血死から逃れることが出来ずに命を落としたのだろう。

子供の頃に鼻血を出した記憶が残っておらず、人生で初めて鼻血を出したときには既に鼻血の止め方をネットで読んでいたと記憶している。ここ4,5日くらいはAIに質問している。

  • 鼻血を止める方法
  • 病院に行くべき、救急車を呼ぶべき状況

「手を持たない動物はどうやって鼻血を止めるのか」「人類の歴史の中で、一番最初に鼻血を止めることに成功した人物は誰か」質問したいことはたくさんある。なお、後者の質問に関しては古代エジプトの文献と、ヒポクラテスの個人名が挙がった。

鼻の手術をしてほぼ一月。落ち着いたかな、と思っていたら、断続的に鼻血が出るようになった。手術後の入院中の期間を覗けば、今まで、鼻血を出したことは片手で数えられる程度。たった半週間の間に今までの人生に倍する鼻血を出している。

とはいえ、出血量はさほどでもないし、重篤な病気のサインとして挙げられているような他の症状もないので、「これが続くようなら病院に行こう」くらいの気持ちでいた。警戒すべき鼻血の例が「コップ1杯の量」とか「喉に流れ込む」とかなので、さすがにそれはないな、という。

日曜日にとうとう、「この鼻血、止まらないのでは」という状態になり、救急相談センターへ。
言われるままに30分圧迫して止血を試みるも止まらず。そもそも、鼻の奥から出血しているときって、この方法では止められないのでは?……紹介してもらった病院に。

時間外の窓口から「ER」と書かれた部屋に通された。
鼻の奥の方を止血してもらって、「後は手術してもらった病院で」と、その日は帰宅。

翌日、元の病院で止血に使ったタンポンみたいなものを外し、鼻の中を見てもらった。
手術で切ったところからの出血ではなく、奥からの出血も偶然だろうとのこと。
「経過は良いですよ」

確かに命に別状は無いし、「手術後の経過」としてはいいのだろうが、日常生活がなぁ。
「大丈夫」の幅の広さ、スケールの違いを実感して終わった。

「全身の穴という穴から鼻血を出して死ぬ」という夢は見ずに済んだ。

2026年2月1日日曜日

意識消失

長年の懸念であった鼻の通りを良くしようと思い、手術を申し出たら、内視鏡手術だと言われた。それなら半日コースかな……と話を進めたら、全身麻酔が必要なので入院が必要だと言われた。
いつも忘れるんだけど、鼻の見えている部分って、氷山の一角でしかないんだよね……。

でも、まあ、しかし。全身麻酔もつい最近気になる事柄であったから、この際、体験してみっか。せっかくだから。

全身麻酔が気になる……というのは、「意識」との関わりがあるからだ。で、「意識」が気になるのは、生成AIに欠けているものだからだ。
生成AIには意識がない。ユーザーとのチャットの中で、立ち上がり、その度に消えていく。上遠野浩平の『ブギーポップ』のような自動的な存在だ。
日々の生活で、仕事でその恩恵は受けていても、SFファンとしての私は今の「生成AI」に不満を持ったままだから、「その次」のカギになりそうなヒントは大歓迎だ。

手術の日程が見えてから、まず私が行ったのは、そもそも「意識とは何か」に関する生成AIとの対話だった。

  • 「全身麻酔がなぜ効くのか、未だにわかっていない」という言説はどこまで、あるいはどういう意味で本当なのか
  • 現代の脳科学で「意識」はどのようなものとして描かれているのか

生成AIは現在有力な説として、ジュリオ・トノーニの「情報統合理論(IIT)」を紹介してきた。脳の各部位の対話がつながることで複数の情報が一つの「体験」として統合される。この「情報が統合されている状態」が「意識のある状態」であると言うのだ。この説明だけではさっぱり分からんね。
ともかく、麻酔薬で意識を喪失すると、脳内の各部位同士のネットワークが分断されて機能しなくなるらしい。じゃあ、そのネットワークの分断と再統合を体験してみるか。ぼっち株式会社のBCP(事業継続計画)のテストだ。
生成AIとは何回か質疑を繰り返したが、そのうち「何が起こったか、ぜひ教えてくれ」と会話を結ぶようになった。

看護師に付き添われて、歩いて手術室に向かう。
手術室に入る前に、自分の名前を確認され、手に巻かれたバンドのバーコードを照合される。あと、この後受ける手術の対象部位を私自身に聞かれる。数多くの病院で取り違え事故が起きた、その対策の横展開なのだろう。
手術室のスタッフは事前に面接を受けていた方もいるが、初対面あるいは2回目の方ばかりだ。その中に主治医がいて、声をかけてきてくれた。

一生に何度もない場所なので、懸命に周りのモニタの表示項目などを観察する。好奇心が最優先だ。
執刀医らしき先生と麻酔科医の先生が中心に、読み合わせが行われる。紙の資料をもとに行っていたが、二人とも事前に頭に入っているものらしく、迷いのないテンポだ。
覚えるヒマも無い、幾つかの手順のあとに「麻酔薬を入れる」と告げられる。
生成AIとの会話では麻酔薬を入れた後に、10からのカウントダウンを行うとされていた。しかし、そんな間もなく視界が真っ暗になってしまった。電源断、誰かが電源コードを引っこ抜いたのだ。
カウントダウンを行う方針ではなかったのか、それとも私自身が意識を即座に手放してしまったのかは謎として残った。

まず視界に入ったのは、オレンジ色の点滴バッグだった。事前に渡された薬剤情報の中にあったものだ。
足に圧迫感がある。そういえばエコノミー症候群を避けるための機械を取り付けるという説明も受けていた。
手術室のスタッフの誰か、おそらく麻酔科医から、自分の名前を聞かれ、それに答えたような気もするが、どのタイミングだったか覚えていない。

身体の自由は利かず、呼吸も自由ではなく、直感的にはわりと大変な状況だったはずだが、私自身は事前にもらっていた情報と周囲の状況との照合に集中していた。頭の中にその様子を俯瞰するもう一人がいたのか、現場猫が「ヨシ!」と指さし確認する絵柄が想起された。
「もしかしたら、取り乱してスタッフに迷惑をかけるかも」という心配もしていたが、それどころではなかった。スベるのを覚悟して「ネタをかます」余裕も無かった。
主観的な時間経過がないのでタイムスリップした感覚になるかも、という期待もあったが、客観時間の変化を確認する手段がなかったので、そこは不発に終わった。

最初に形になった感情は、意外にも「感謝」だった。病院のスタッフへの……という、分りやすくハッキリしたものが対象ではなかった。
あるべきものが、そこにある。ものごとが定められた手順通りに進められたことへの、ものごとが「秩序だっていること」への感謝。
医療技術、それを支える現代文明への感謝。
それらを担っている現場の人々と、たまたまこの場に居合わせていない、見えない人々への感謝。

2026年1月1日木曜日

千川上水 (1)

武蔵境駅。大田区くんだりから、そうそう来る場所でもないと思っていたのだが。
駅から北西方向にまっすぐ道路が延びている。

まっすぐ行った先の境橋付近に、玉川上水から千川上水への分水工。奥が千川上水。
この場所を探すのに10分くらいさまよった。
もう少し東に、境水衛所跡の碑もあったらしいのだが、見逃した。

水路の先は緑地化されている。せせらぎまで再現されているのだが、緑道でも公園とも称していない。入口が両端になく、遊歩道としての機能が無いのだ。(もったいないなぁ)

なんだか、よくわからない場所があった。PARKとあり、立ち入りも制限されていないようなので、入ってみた。会員制の公園?そんなものあるのかな。
近所の人たちがイベントらしいものをやっていたので、話を聞いてみたら、銀行が私有地を公園化して開放したものだそうだ。
注意看板も少なく、園内のメンテナンスも行き届いていて、お金と人を惜しんでいないようすが伝わってくる。しかも、図書館まであった。なんという金持ち父さん。

公園の脇辺りから、本格的な遊歩道が始まる。
この辺の水は清流復活事業とかで、(玉川上水とは別に)多摩川の水を小平辺りからもらってきているらしい。

境橋から、五日市街道、杉並あきる野線と多車線の自動車道と並走してきたが、遊歩道が途切れるとともに、流れは住宅街の傍らに改修され、そして再び地面の下に姿を消す。

水の流れと交代するように、その名も「千川通り」が始まる。千川上水の流路をなぞるように続いていく道。通りに面する公園には水車を象った遊具があった。

つづく(はず)