ガルパン界隈の皆は、戦車道(せんしゃどう)と戦車道(せんしゃみち)をどういう基準で使い分けているのだろう。
今回、参考にしたムック本での呼び名が、羽田道(みち)だったのでそれを受け入れることにした。
六郷用水まわりも、自分の中で一段落したので、次なる散歩コースへと繰り出すことにした。大田区の中で今まであまり歩いていない、南東方面。東海道から枝別れする感じで、大森から羽田へ伸びる道があり、物流に参詣にと使われていたのだという。羽田道だ。
狭い商店街を進んでいくと、「するがや通り /
旧羽田道」の道標が。右側が旧羽田道。六郷用水には旧河川なり、暗渠なりの独特の「しっとり感」があったが、羽田道は人がたくさん通った道ということでしかないので、サインに乏しい。地図が頼り。
先ほども書いたが、川の流れとかではないので、昔の水路が再現されていたりも当然無く、住宅街を通る細い道が続くだけだ。写真を撮るポイントは限られてくる。
お寺に併設された幼稚園の看板。日本人でない……というか、北方系古モンゴロイド?(政治的にはともかく、人類学的にはどう呼ぶのが正しいのだろう)っぽく見えない子供の姿も描かれている。これは「皆仲良く」という理想を掲げたものだろうか、それとも「多数の外国籍(および○○系日本人)の子供がいる」という現実を反映したものだろうか。
民族的文化的な多様性は、大田区においては「いつか実現すべき理想」ではなく、「恐るべき未来図」でもなく、既に「受容し、正しく対応すべき現実」だ。それにしても、インド仏教っぽい絵柄だなぁ。
民族的文化的な多様性は、大田区においては「いつか実現すべき理想」ではなく、「恐るべき未来図」でもなく、既に「受容し、正しく対応すべき現実」だ。それにしても、インド仏教っぽい絵柄だなぁ。
「水止舞の寺」ときた。水止舞というのは、雨乞いの反対で晴天を祈願するものらしい。そう言えば、郷土博物館でそれっぽい展示を見たような、見なかったような。雨乞いしたら雨が降り止まず、今度は洪水になったので、雨を止めるための舞を舞ったらホントに止まったのだとか。大田区民は神使いが荒い。今後は「一両日中に○○mm/hの雨を○時間お願いします」とか、具体的かつ定量的なお願いに改めていくべきだ。
覚えがある場所に来た。旧呑川緑道にかかる橋だ。以前は、橋の下を通ったので、同じ景色をみたわけではないが。
この先、旧羽田道は「区画整理」されてしまって、現存の道と結びつかなくなる。といっても、やることは変わらず。住宅街を南下するだけだ。
……する前に、ちょっと寄り道して、萩中公園に。公園の一角「ガラクタ公園」には様々な乗り物が展示されている。
そのまま東に進むと赤レンガの壁みたいなものが見えてきた。昔の堤防跡ということで、これも羽田の名所として扱われている。堤防のすぐ外に家が建っているので、堤防と言われてもピンと来ないが。(実際には家が一段低いところに建っており、その分の高さがある)
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